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April 03, 2006
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「こんにちは」とその初老の男が声をかけた。
猫は少しだけ顔をあげ、低い声でいかにも大儀そうに挨拶をかえした。
「なかなか良いお天気ですね」
「ああ」と猫は言った。
「雲ひとつありません」
「……今のところはね」
「お天気は続きませんか?」
「夕方あたりからくずれそうだ。そういう気配がするな」と猫はもぞもぞと片足をのばしながら言った。それから目を細め、あらためて男の顔を眺めた。
男はにこにこと微笑みながら猫を見ていた。
猫はどうしたものかと少しのあいだ迷っていた。それからあきらめたように言った、「ふん、あなたは……しゃべれるんだ」
「はい」と老人は恥ずかしそうに言った。
(村上春樹「海辺のカフカ」より)
Posted by david at April 3, 2006 07:24 PM